1000件の対象メールのうち、約400件がAIによる文面生成後の修正対応無しで送付可
見積もりに関するメール処理などをAIが実行することで業務時間を短縮
対象案件を増やしながら見積もり業務を自動化しさらなる時間短縮を目指す
概要
株式会社エイチ・アイ・エス
東京都新宿区西新宿6丁目13番1号 住友不動産新宿セントラルパークビル
業種:サービス業
格安航空券販売のベンチャー企業として澤田秀雄氏が1980年に創業した「インターナショナルツアーズ」を前身に、海外旅行を中核にビジネスを広げ発展してきた。現在は世界50カ国以上に拠点を構え、パッケージツアーの提案や法人向け海外進出支援、訪日旅行の誘致など幅広く事業を拡大。グループ企業を含めて、旅行事業のみならずホテル事業、損害保険業など、多様なサービスを展開する。
コロナ禍が明けて出張手配などの法人需要が急速に回復する中、業務を担う人材を大幅に減らしていたエイチ・アイ・エス(以下「HIS」)では喫緊の対応が迫られた。「限られたリソースで成長を目指すには属人的となっていた手配業務の改革が欠かせない」と考えた同社が取り組んだのは、UiPathのAIエージェントとロボットを組み合わせたビジネストラベル手配業務の自動化である。まず出発地と目的地を往復する「単純往復」の見積もり業務に絞って2026年4月に運用を開始したところ、7月には見積もりメール約400件を人の修正なしで運用でき、100時間分の業務工程を削減した。法人営業コンサルタントを定型作業から解放し、人にしかできない顧客価値を創造する業務へ振り向ける、HISの改革が始まった。

海外旅行を主力としてきたHISが、次世代の成長領域の1つとして法人事業の拡大を進めている。法人営業本部 第三事業部 次長の小林強一氏は「他の大手総合旅行会社と比較して、海外旅行の比率が高いことがHISの特徴で、海外航空券や海外ツアーなどレジャー事業の売上比率が高くなっています。一方でコロナ禍後は海外旅行の回復が鈍化していることもあり、次世代の成長領域の1つに法人事業を据えています。他社に比べて後発となる法人事業ですが、今後の事業拡大を目指しています」と語る。

HIS法人営業本部 第三事業部次長小林 強一 氏
だが、法人事業の業務には属人的な手作業が多く残っていた。法人営業本部 業務戦略グループ サブグループリーダーの大原将之氏は「20年ほど前は営業も手配も1人でこなす時代でした。その後DX化を進めてきましたが、属人化した手作業のオペレーションが根深く残っていました」と振り返る。

HIS法人営業本部 業務戦略グループサブグループリーダー大原 将之 氏
HISでは法人顧客向けの出張管理システム「HIS BTM Portal」を開発し、企業の出張業務の生産性向上を目指してきた。だが、2020年から始まったコロナ禍は旅行業界に大きなダメージを与えた。「海外旅行ビジネスは1%ほどにまで急減し、人材を他のビジネスに振り分けるしかありませんでした。ところが、コロナが収束すると法人出張の需要が急速に回復し、限られた人材での対応を余儀なくされたのです」(小林氏)。
業務量は急増したのに、それを処理するための人材は十分ではなかった。「大幅に減った人員で業務に対応する必要がありました。HIS BTM Portalを導入するお客さまが増えてくれるのが理想ですが、システムを売るための営業にも人手が必要なので、なかなか期待しづらい状況です。自動化やAIを活用する取り組みが不可欠になったのです」(大原氏)。
法人営業が扱う海外出張などのBTM(ビジネス・トラベル・マネジメント)業務は、複数の工程が連なっている。大原氏は「契約している企業からメールで新規の問い合わせがあった場合、HISのコンサルタントは(1)見積もり、(2)予約、(3)請求、(4)入金、(5)発券、(6)チケット納品――という6つの工程で業務を進めます。自動化やAI活用を検討するにあたって業務時間を試算したところ、最初の見積もり業務に平均20分かかっていました」と説明する。10~15分で済むスムーズな案件がある一方、顧客の要望や規定に合う航空券を提示するまで何度もやり取りを必要とする案件もあったという。
「BTM領域の業務内容は複雑になっているにもかかわらず、限られた人員で処理スピードを上げなければならないことが課題でした。コンサルタントの熟練度による品質のばらつきや、現場スタッフの負荷を軽減することも目的としました」(大原氏)。
HISでは2023年頃から、AIを使った見積もり業務の効率化についてトライアルを開始した。まずAIを取り扱うグループ企業の知見を活用して、依頼メールを読み解く実証に取り組んだ。大原氏は「従来型のAIで数カ月トライしましたが、目指す性能が得られませんでした」と振り返る。依頼メールは顧客企業や担当者によって記載内容やフォーマットがばらばらで、満足な精度で読み取るのが難しい、ということが一因にある。
転機は約2年後の2025年だった。HISにおける法人営業の“いち顧客”として取引のあったUiPathと話をしたところ、UiPathのAIを活用すれば見積もり業務の自動化が可能という情報を得た。「UiPathの担当者から、英国の航空会社であるブリティッシュ・エアウェイズ(BA)の活用例を聞きました。BAではグローバルでコールセンター業務改善にUiPathのAIとロボットを使っていて、ランダムに届くメールの内容を読み取り、その先の作業をロボットにつなげていました。以前のトライアルではできなかった自動化の事例を目の当たりにし、HISの狙いを伝えた上で提案をもらいました」(大原氏)。
HISでは初めから6つの工程すべてではなく、まずは「フェーズ1」として最初の見積もり業務について自動化を進めることにした。さらに、出発地と目的地を往復する「単純往復」に関わる見積もり業務に自動化の対象を絞った。複数地点を巡る「周遊」の旅程は見積もり作成の難易度が高く、コンサルタントの専門性が必要となる。まずは単純な作業に絞って自動化し、そこで捻出した時間を周遊に関する業務へ振り向ける狙いだ。
大原氏は「単純往復でも、見積もり作成に20分程度は時間がかかります。メールが届いた後に自動で作成までの作業が終わっていれば、コンサルタントの負担を軽減できます。出張全体の6割が単純往復です。また、出張の3分の1ほどはHIS BTM Portal経由でお客さまから直接発注が入ります。つまり、手作業で処理していた単純往復案件の作業が全体の約4割を占め、それらの負担を減らすことをプロジェクトの目的にしました」と語る。
プロジェクトでは、UiPathのソリューションを適用し、AIエージェントとロボットを組み合わせて、フェーズ1の対象となる一連の見積もり業務を自動化するシステムを構築した。「お客さまのメールを読み取って見積もりを作成し、システムに登録してメールを送る一歩手前までの状況にします。見積もりの精度を高めるため、約半年にわたり毎日のようにトライ&エラーを繰り返してきました」(大原氏)。
プロジェクトを軌道に乗せるための苦労は、それだけではなかった。小林氏は「社内のAI利用規定を突破するのが一番の関門だったかもしれません。AIにお客さま情報を扱わせることは、企業セキュリティ上の制限が厳しくなります。ですが、大手金融機関での採用事例などをもとに、AIを活用することで課題解決に向かうことを説明し、ようやく社内の稟議が通りました」と振り返る。技術だけでなく、社内の調整もAI導入の大きなハードルだった。
こうした経緯を経て、2026年4月半ばにAIを活用した見積もりメール自動化ソリューションが動き出した。2026年7月には、400件の見積もりメールを修正なしに送信できるまでになり、100時間の工数削減につながっているという。
「単純往復案件の半分でも、AIで見積もりメールの作成が終わっていれば、業務は大幅に軽減できます。利用条件の解放を進めて対象を増やせば、業務削減の時間を目標の300時間に到達させることは可能でしょう。さらに手作業の修正が必要だった400件の分を減らしていけば、より効果は高まります。現時点では、限られた時間で取り組んだフェーズ1としては、高い精度で回答が得られていると評価しています」(大原氏)。
当初は利用できる対象顧客を絞り込みスタートしたが、2026年8月からは関東地区の全顧客に利用を広げて、利用を右肩上がりに増やしている。小林氏は「社内の生産性向上に寄与する効果は既に表れています。今後は顧客起点の新しいサービスや価値をどう提供していくかについて、検討を続けていきたいです」と、導入効果の広がりにも期待する。
成果を着実に残しつつフェーズ1の利用範囲は拡大するHISでは、フェーズ1に続きフェーズ2、フェーズ3へとステップを踏んで、法人営業業務の自動化を推進していく。
大原氏は「フェーズ1で見積もり業務の一部は自動化しました。フェーズ2では、単純往復以外の見積もりにも対応できるようにすることと、見積もりに続く予約・請求・発券といった業務まで任せられるようにすることが目標です」と2つの側面での拡大に目を向けていると説明する。さらに将来は「フェーズ2で精度を向上させた先に、顧客プロファイルと企業の購買ルール、HISのコンサルタントの属人スキルの3つを組み合わせて、AIを活用したシステムがより適切な返答ができるフェーズ3を目指しています」(小林氏)と語る。フェーズ1の導入を支援してきたUiPathとのパートナーシップをさらに強固にしながら、業務改善の幅を広げていく考えだ。
HIS社内でのAI活用について、小林氏は次のように語る。「まず法人営業のBTM事業で成功事例を作ることがポイントです。この成功事例を足がかりに、他のビジネスに繋がればよいと思います。その上で重要なことは、決定権者はあくまで『人』だということです。企画や手配がAIとロボットでできるようになっても、最後の決定権は人間が持つことが、お客さまに対する価値の提供になると思います」。
大原氏も「業務渡航に関する業務の基本的な内容は、どの旅行会社も似たようなものです。それだけに簡易的な作業はAIなどを使ったシステムに任せて、人間が関わる部分をどのように増やしていくかがHISとしての特徴を打ち出す要因になると思います。ビジネストラベルにおける提案や緊急時の対応などの際に、旅行のプロである人間のコンサルタントが顧客接点や体験価値を増やせるようにシステムが支援することで、選ばれる旅行会社であり続けたいと思います」と人間とシステムの棲み分けが生み出す企業価値向上を見据えている。
「『AI=人の置き換え』という考えは、今すぐ捨てましょう。AIを前提にして、新たな発想でビジネスモデルを組み替える。そこに大きなチャンスがあると思います」
――HIS
法人営業本部 第三事業部 次長
小林 強一氏